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大津家庭裁判所 昭和53年(家)331号 審判 1981年4月13日

申立人 松下清野

相手方 松下正吉 外二名

主文

被相続人松下一造の遺産分割審判を求める本件申立は、これを却下する。

理由

一  本件申立の要旨

申立人は被相続人松下一造の娘であるところ、被相続人は昭和四六年一〇月二一日死亡した。この死亡時、被相続人の妻は既に死亡しており、その相続人は、いずれもその子供である申立人と相手方三名と松下友子であつた。その後、松下友子は昭和五〇年六月二五日死亡し、同女に配偶者、子供などがなかつたので、その遺産は兄姉妹である申立人と相手方の合計四名で全部相続することとなつた。結局、被相続人一造の遺産分割協議をすべきものは、本件当事者四名であるところ、この分割協議が調わないので本件申立に及んだ、というものである。

二  当裁判所の判断

1  一件記録に照らすと、本件相続問題につき次の事実が認められる。

(一)  まず、遺言者を被相続人松下一造とする遺言公正証書が昭和四三年一〇月一六日付で大津地方法務局所属公証人○○○により作成されており(同公証人役場昭和四三年第××××号)、この遺言により被相続人の遺産は各人に洩れなく遺贈されており、この遺言の対象となつていないためになお分割協議ないし審判を要する遺産はない(当事者も主張せず、当裁判所にも判明しない)。因みに、申立書に遺産として記載した不動産の表示と上記公正証書における不動産の表示は、必ずしも合致しないが、いずれも後日分筆されたためであつて、申立書記載の不動産は全部上記遺言により遺贈されている。

(二)  つぎに、上記遺言との関連は暫く措き、本件に関し、昭和四七年四月二〇日付、同年一〇月四日付、同月二七日付の三通の遺産分割協議書が存在し、これには、当時の相続人五名(本件当事者四名に松下友子を加えたもの)が遺産である不動産を部分的に逐次分割を協議したことが示されている。

2  申立人清野は、当初、上記遺言公正証書中の被相続人一造の署名は偽造である旨主張し、後に、やはり一造本人の署名らしいのでこの主張は撤回する旨表明し、しかしこの公正証書は不法に作成されたものであるから無効である旨主張する。

そこで、この点を判断するに、この公正証書が如何なる意味で不法に作成されたというのか、申立人清野の主張は明確でなく、単にその内容が不満であるというに帰着するとみえ、当裁判所としては、公証人が作成したことがその趣旨方式により明白なこの公正証書は真正に成立したものであり、その内容に鑑みても有効な公正証書遺言と認める他なく、これを疑うべき特段の事情は、一件記録上全く見出しえなかつたものである。申立人のこの点の主張は理由がないに帰する。

3  申立人清野は、1(二)記載の三通の分割協議書にはいずれも申立人清野名下にその実印により顕出されたとみえる印影があるが、清野の実印を何者かが冒用したものに他ならず、申立人清野が作成したものでなく、申立人清野はこのような分割協議をした憶えはない旨主張する。

この点について相手方幸子は、昭和五四年一月二五日の審問において、三通とも文面は○○司法書士事務所で作成してもらい、各相続人の署名は幸子が代署したが、各人の印は幸子の家で各相続人に押印してもらい、印鑑証明書も各人からもらつたという。

同審問において、幸子は、そのころ清野の印鑑証明手帳を預つており、また昭和四七年六月二六日ころまで清野の実印を預つていたというので、申立人清野が主張するように幸子が実印等を冒用したという可能性が全くないことはない。加えて、一件記録により本件紛争の発端をみると、要するに、申立人清野は、相手方幸子が現在の夫勲と昭和四七年四月に結婚したことに強い不満を抱いているのであり、そうだとすれば、この結婚の後においては申立人清野が相手方幸子らの分割協議申出に快く応じたことはなかつたのではないか、との疑いはある。

しかし、他方また、一件記録によれば、(イ)申立人清野は従前から相手方恵美子とは仲が悪いものの、相手方幸子とはさほどのこともなく、本件相続開始間もないころにおいては、父一造の遺産の殆んどを幸子が取得することについて格別の異議がなかつたものであることが認められ(即ち、修との婚姻のことさえなければ、幸子が殆んど全部取得しても差支えなかつた旨清野本人も半ば自認している)、(ロ)しかも修に対する反感が顕著になつたのも、昭和四七年夏ころ、本件遺産を利用して本件当事者ら同胞がマンシヨンを建設し経営する話が出て、昭和四七年四月二〇日付の遺産分割協議書の第一項により、故友子を加えた五名の相続人が取得することとした七〇七番の一の田四九一m2(当初四九〇m2とし、後に四九一m2と訂正したようである)を修の父橋上俊之助を介して他に売却することになつた(これを他に売却し、マンシヨン資金とすること自体については、当時申立人清野も異議がなかつたように窺え、少なくとも反対していたということは清野自身も述べてない)ところ、この橋上俊之助が売却代金を不法領得し、坪約六万円の金員しか相続人らに渡さなかつた(その詳細は定かでなく、真実は坪一一万円で売つたのに、差額坪五万円分の代金を横領したというのか、あるいは買主と通謀して、坪一一万円で売るべきものを不当に安い坪六万円で売つたというのか、またそもそも売買物件が上記の土地であつたのか、売買の年月日が何時であるのか、必ずしも定かでないが、一件記録上ほぼ上記程度のことが認められる)ためであり、(ハ)さらに、ともかくも上記土地売却代金を出資金としてマンシヨン経営のため有限会社○○マンシヨンが設立されたのであるが、相手方正吉、同幸子、申立人清野が各一八〇万円、相手方恵美子、故友子が各一九〇万円ということで出資割当がされた(上記土地売却代金をもつてこれに充当したもので、各人からの現金支出はない)にとどまらず、修も八〇万円の出資ということでこのマンシヨン経営に加つたため、清野の修に対する反発がさらに増幅されたという経緯が認められるから、少なくとも昭和四七年四月二〇日付分割協議書に関するかぎり申立人清野もこれを了承していたと推認されるのである。そして、作成日付が約半年ほど後のその余の二通の分割協議書についても、その方式がほぼ上記四月二〇日付と同様であり、しかも既に清野自身が実印を所持していたと窺える日時に作成されたようである(昭和四七年一〇月当時には、清野が実印を所持していたことは、清野も認めるところである)から、これを直ちに偽造のものと断じるのは困難である。さらにいえば、偽造(清野の実印の冒用)ということになれば、相手方幸子ないしその通謀者が偽造したとしか考えられないが、申立人清野を仲間はずれにすることがその本意であるとすれば、その点については既に上記公正証書遺言でほぼ目的を達しえたのであり、偽造するだけの悪意があればむしろ全く合法的な後者の方法を選択したであろうと考えられるので、上記分割協議書の清野作成部分が偽造であるとは認められず、むしろ申立人清野も承知していたところとみるほうが容易である。しかし、この点の断定は本件の結論を左右しないと考えるので、留保しておく。

4  申立人清野は、相手方幸子は2に記載した公正証書遺言のあることを知りながら、これを申立人清野に秘し、遺産分割の話し合いを進めようとしたものであるから、民法八九一条五号に該当し、相続人となることができない旨主張する。

一件記録によれば、相手方幸子及び同恵美子は、昭和四七年四月本件相続に関し、相続税申告の問題が生じ、遺産分割に関する話が本件当事者間に出た際、幸子において遺言公正証書の謄本を申立人清野及び相手方正吉に開示し、その遺言内容によれば相手方正吉の取得分が全くなく、そのため他の相続人がこれに同情して皆でさらに分割の協議をしたのである旨一貫して陳述していることが看取される。

この点について申立人清野は、もとより、このような事実はなく、上記公正証書のことは昭和四八年に至つて初めて知つた旨陳述する。

この点についての相手方正吉の陳述は一貫せず、極めて曖昧であるが、正吉自身としては昭和四七年当時上記公正証書について明確な認識がなかつたこと、申立人清野の場合がどうであつたかについてはよく知らないことを述べているように解される。

確かに、父一造から遺言の公正証書を預かり、その存在、内容を知つており、しかも自分が遺言執行者に指定されていた相手方幸子が、何故当該遺言のとおりとせず、別途上記の如き分割協議しようとしたのか、些か理解し難いところは残る。しかし、相手方幸子がこれを「隠匿」したというのは困難である。けだし、第一に、その遺言内容は、相手方正吉には何ら取得させず、申立人清野にも遺産全体に比較して価値の低い土地を取得させるにとどめたものであるから、相手方幸子が分割協議に際し相手方正吉と申立人清野を不利益に扱うために公正証書の存在を秘したということは全く考えられない。そもそも、正吉は父一造とずつと以前に仲違いし、父一造の遺産を取得しえないであろうことを覚悟しており、現実上記内容の遺言があつても、これに何ら不満がないものであり、遺産の殆んどを幸子に取得させようとしているものであるから、幸子が仮に正吉に対し公正証書を明示しなかつたとすれば、それはまさに幸子が正吉に同情したためであり、明示する必要が全くなかつたためであろうと推認される。このような事情は、申立人清野についてもほぼ同様に認められるのであり、上記のとおり、幸子が修と結婚さえしなければ、遺産の殆んどを幸子が取得したとしても当時清野も特段の異存はなかつたというのであるから、清野に対し仮に公正証書を明示しなかつたとしても格別清野の不利益に扱う目的でなしたものではなかつたことは明白である。

ひるがえつて、正吉はともかく、申立人清野が幸子と修との結婚さえなければ幸子に取得させて差支えなかつたというのも、あるいは上記公正証書を幸子に見せられた結果ではないかとも考えられるのであつて、清野に見せなかつたとは未だ断定しえないのである。

以上、要するに、幸子が正吉や清野に対し、上記公正証書の存在内容を明確に告げたうえ分割協議したのかどうか、その真相は定かでないけれども、幸子が仮にこれを明示しなかつたとしても、分割協議に際し、自己を利し正吉や清野を不利益な立場に陥らせる目的でしたことでないことは明白であり(因みに、幸子は、若し清野が公正証書遺言のとおりがよいというのであればこれに異議がないという)、そもそもこれが自筆の遺言書であれば格別、元来原本が公証人役場に保管されている公正証書であることをも考えると、相手方幸子が民法八九一条五号の定める「遺言書を隠匿した者」に該当するとは未だ到底認めることができない。この点の申立人の主張は理由がないに帰する。

5  以上によれば、3に検討した一部分割協議が有効か否かは別として、仮に無効としても、既述のとおり全遺産が上記公正証書遺言により既に遺贈済みであることには変りがなく、さらに分割審判すべき遺産はないのであるから、本件申立は不適法という他ない。

因みに、密接な関連事件として、本件と同じ当事者四名による松下友子の遺産分割事件(当庁昭和五三年(家)三三二号)があるが、これについてはさらに調査すべき点があり、他方本件はその前提問題でもあるので、まず本件について主文のとおり審判することとした。相手方三名は必ずしも上記公正証書なり分割協議書なりに執着せず、申立人清野を含めてなお然るべく話し合いたいという気持があるので、上記友子の遺産分割事件において、なお話し合いを続け、全体的に円満解決することを強く期待するものである。

(家事審判官 伊藤剛)

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